2010年11月17日水曜日

ツール・ド・おきなわ2010市民210km



去年のリタイヤから1年と1週間、この日のために練習をしてきた。

冬場から走りこみ、4月のモテギのチームエンデューロで優勝。
翌日に骨折という失態があったもの、鈴鹿や富士チャレでのまずまずな走りで順調に調整は出来ていたものと思っていた。

今年は金曜日に沖縄入り。去年は腰痛に悩まされたので、プレミアシートを自分に奢る。
それでも、サイクルモード幕張での、慣れない立ち仕事で痛めた腰痛が、最終調整を妨げ、不安を残した。

土曜日午前は、鶴見辰吾夫妻とコース下見。
午後は辰吾さんのクリテリウムを見学。



天気と路面状況の不安を感じながらも、早目の夕食も終え、レース前に8時間も熟睡できた。
こんなことここ数年では滅多になく、これはもしかしたら行けるかな?と思ったりして、去年とは違う選手召集場所に向かう。




街中スタート&ゴールは、名護市民との交流が増えて、地元活性化にはとても良い事だが、
召集時間の6時に行っても、なんのアナウンスも選手チェックも無く、スタートの7時45分まで立ちん坊状態・・・
これが良く無かった。

約450人ほど出走で、スタート後の落車のリスク回避の為とは言え、腰痛持ちの自分には過酷だった。
おまけに南国沖縄でも夜明け前はさすがに冷えるし小雨もパラパラ・・・

スタート直前にはLEGON淑女の皆さんの応援をいただき気合が入る。
大会実行委員長は「今年は距離が伸びて、過酷になったので完走率は25~35%ぐらいになると思う。210km完走してこそ真のホビーレーサー!と言って良い!」とか挨拶。




あまり上手ではないMCの進行でパッとしないスタート。2km地点まではパレード走行だと言うのに飛ばす奴多数。市街地を抜け先導車から白旗が振られ真のスタートが切られるとペースは上がる。



冷え切った体はまだ温まっていないがそんな事は容赦ない。先頭付近にいても、ちょっと油断しているとすぐに前に100人以上いる位置まで下がってしまう。
100人ぐらいで大きくローテーションしていると言ったところか?そしてその後ろに300人ぐらいついてくる大集団・・・
後ろの方にいると、途中落車がおきて中切れがおきたりするので前の方をキープ。
今帰仁付近は道が狭く落車回避の為に集団前方を位置取っていた。
案の定、目の前でコーナーを曲がりきれずに自転車が舞い上がって、選手が用水路に落ちる落車があったり、50kmクラスで落車に巻き込まれたLEGON TERUさんが路肩にいたりした。



海洋博公園手前から、スペシャの竹谷が逃げたのをイナーメ数人が追いかけた時、追走する気が無いのを感ずかれたのか、RoppongiEXことイナーメの高岡さんに「どけ!」とか怒られた・・・w
(あとで謝ってましたけど・・・レース中だから気にしてないですが・・・)

58号線を右折、NFCのマリーさんが折りたたみ自転車「CARRY ME」でここまで応援に来ていたのに鶴見辰吾さんとともに驚き、向かい風の58号線を大集団で進む。

そこに現れたのは去年と同じくシクロワイアードの綾野編集長だ!撮影タイムと言って辰吾さんを撮り始めたので、自分も参加。
動画を撮ったり、サイスポの写真を撮っている大前カメラマンもいたりで、結構先頭を牽いてしまった・・・




晋久川ダムの登りで今年も終わりかな?と思っていたが、今年はちょっと調子が良さそう・・・
右から練習仲間のイナーメの鵜沢くんが登っていくのが見えたので頑張ってついていこうと思えるぐらいだった。

が、その直後、鵜沢くんの数人後ろで目の前にいた選手が単独落車、そしてその2人前にいた選手もその落車を見ようと振り返った瞬間に落車!
小雨も降ってきていて路面が滑りやすいのは解るけど、お陰でほぼ完全停止・・・脚は着かなかったけど、復帰しようと脚に力を入れた瞬間「攣った!」

今年の「ツール・ド・おきなわ」が終わった瞬間だと思った。

しかし、NewBLACKジャージのデビュー戦だし、せめて完走はしようと気を取り直し痛い脚に鞭を打ちながら走る。




晋久川ダムの補給所通過は200位前後だったと思う。200人ぐらいに抜かれたから・・・

辺戸岬に向かう道は、単独になったら嫌だな?と思ったけど、さすがはツールドおきなわ210kmに参加する選手なので、みんな走りなれたもんですぐに集団が形成される。
第3か4集団?を形成して何なく2回目の晋久川ダム登りまで向かう。脚が攣ったままなので辛かったけど、NasuFunClubのLinさん?が上手く集団をまとめてくれたのでローテーションも上手くいった。
最初の登りでなんなく抜いていった、ペンションのりくらの「たか」さんもここで吸収。

2回目の上りも、最初の登りで遅れた人ばかりの集団なので、結構自分でも周りより早く登れた。「たか」さんは先に行っちゃったけど・・・(笑)

気がつくと2回目の補給所では単独になってしまった。そこから安波までは、ほぼ単独走になってしまった。「たか」さんは抜いた・・・(笑)

早く後ろの集団来ないかな?と、思ったら「ラティーノ!」と聞きなれた声が・・・
辰吾さんだ!すっかり先に行っていたと思っていたのに、最初の登りでペースを落として、ちゃんとペース配分していたそうだ。さすがだ!

10数人の集団を引き連れて追いかけてきた。たかさんも着いている。
時間を見ると残り70km弱を2時間無いぐらいだった。これからキツイ区間なので千切れたら、完走は出来ないとグルペット集団を形成。
辰吾さんが「みんなで完走しましょう!」と声を掛ける!
他のチームの人も賛同、登りはゆっくり、下りと平地は頑張ってローテーションしてペースを上げるという形に・・・

途中、脚を攣って休んでいた、19歳のだいちゃん(ISOYA)も合流。若さもあって上りは速い!が、早く行くと皆に怒られるという恐ろしいグルペット!



170km地点あたりからはスコール状態の豪雨になってやる気が失せる感じだったが、
辰吾さんの一言

「長いレースには、こんなシーンも必要だ!」

と、みんなの緊張をほぐす!

そんな楽しい雰囲気だが、皆一同に脚が攣っていたり、腰が痛かったり、本当は余裕が無い人ばかり。




だけど集団はやはり速いので、どんどん選手を吸収し、190km地点の大浦湾では50人くらいの集団になっていたと思う。

最後の羽地ダムの登りは、本当に辛かったが、みんなで横一列になって登り「この集団がゴールすれば完走率が上がる!大会実行委員長の鼻を開かそうぜ!」とか冗談言いながら走った。



その後ダムまでのアップダウンで最後の坂を越えてしまえば、あとは下りのみ!最終関門の川上は20分前に通過!

58号線に出てからは、どちらかといえばスプリンタータイプの多い人ばかりだったので、ペースは上がる。
ここまで抑えていた、だいちゃんはもちろん完走完走と言っていた辰吾さんまでも先頭でローテーションしている。
時速は50km近い。
後ろに着いていても、攣った脚にはとてもキツイ。
残り2kmで市街地に入る。そこまでず~と後ろにいた自分だが、やはりロードレース!
先頭が牽制に入った途端、前に上がるスプリンタータイプの選手をマーク!
するすると前にあがってスプリント!
直前で逃げていただいちゃんには追い付かず、辰吾さんを、ちゃっかり抜いてゴール!



正直、順位はどうでも良かった。
完走出来て良かったとしか思えなかった。
グルペットで一緒に走った同士達と、完走の喜びを分かち合いレースを終えた。






その後は、酒池肉林・・・記憶はありません(笑)




KING of Road Race in Japan "Tour de OKINAWA "

ツールドおきなわは、そうは簡単に結果を出させてはもらえない・・・。

そんな中、39歳の福島晋一(クムサン・ジンセン・アジア)が前日優勝宣言をしていて、チャンピオン(国際ロード)クラスで優勝!

来年は出るのやめようと思っていたけど、来年も挑戦したいな!


応援してくれた仲間、地元の人達、そして一緒に走ったグルペット仲間、ありがとう!Grazie!




リザルト

http://www.tour-de-okinawa.jp/pdf_result10/210citizen.pdf


市民レース210km
6時間7分41秒140
144位
(出走396名・完走241名)



写真協力:シクロワイアード Makoto AYANOさん 他 LEGONの皆さん スポーツ写真サイト オールスポーツコミュニティ